薩摩藩主・島津義弘が連れ帰った数十人の朝鮮陶工の手により薩摩焼の 歴史は始まります。薩摩焼は白薩摩と黒薩摩に大別されますが、特に 白薩摩は献上品として使われ、幕末から明治にかけては海外の万国博覧 会に多数出品し、その豪華で緻密な金彩文様は欧米人を驚愕させ間たた くまに欧州の市場を席巻し、海外貿易品としての藩の重要な役割を担う 産業として発展しました。
薩摩藩主・島津義弘が連れ帰った数十人の朝鮮陶工の手により薩摩焼の
歴史は始まります。薩摩焼は白薩摩と黒薩摩に大別されますが、特に
白薩摩は献上品として使われ、幕末から明治にかけては海外の万国博覧
会に多数出品し、その豪華で緻密な金彩文様は欧米人を驚愕させ間たた
くまに欧州の市場を席巻し、海外貿易品としての藩の重要な役割を担う
産業として発展しました。
金高盛鳳凰祥明宮図皿 径27cm 色薩摩には武官や羅漢、 美人図などの人物文が多く 見られます。西洋人にとっ ては東洋(オリエンタル) 的なムードの強い作風が 好まれたのでしょう。 (幕末〜明治)
金高盛流水梅竹文 水注 高さ23cm 輸出用として発展した色絵 薩摩らしい形状の水差し です。余白を残して描かれ た梅樹文は柿右衛門様式に 似ています。 銘 薩摩焼 (幕 末)